==== 第1章 裏コードとは?====* 代理コード
いわゆるモダン・ジャズの演奏では、ハーモニーに色彩の変化を持たせるために、様々な代理コード(Substitute Chord) が使用される。 代理コードとは、もとになるコード進行の一部を、同じような機能を持った別のコードによって置き換えた、 すなわち代理させたものである。 そしてその代理コードのなかでもっとも特徴的に使われるのが、これから論じる、 「裏コード」(Tritone Substitution または Substitute Dominant Chord) によるものである。
ドミナントセブンスコードの3度と7度の音をトライトーン (Tritone) と呼ぶ。G7コードのトライトーンはBとFである (譜例1−1)。 また、このふたつの音の間に発生する減5度または 増4度のインターバルのこともトライトーンと呼ぶ。 このトライトーンは 「ドミナントモーションによって次のコード (トニック)に解決しようとする強い力を持つ」 というドミナントコードの性格を決定する重要な要素である。 いいかえれば、トライトーンこそがドミナントコードがドミナントコードである所以なのである。
* 共通のトライトーンによる置き換え
ここで、 G7 -->C というドミナントモーションを例にとって考えてみよう。 G7 コードのトライトーンは 3度と7度の音であるから、BとFである。 これら二つの音は、Db7(Dフラット7)コードの7度と3度と同じ音 である。 すなわち、G7とDb7の二つのコードは共通のトライトーンを持つ、という事がいえるわけである(譜例1−2)。 先に述べたように、トライトーンはドミナントコードの性格を決定する重要な要素なので、そのトライトーンを共有する ふたつのコードは互いに置き換えることが可能である。 つまりG7のかわりにDb7のコードを使用しても (Db7 -->C)、「Cのコードに解決する」 というドミナントの役割を立派に果たすことができるのである。
このようにして置き換えられたDb7のコードをG7の「裏コード」という。置き換えられた「裏」のコードのルートと、 もとの「表」のコードのルートの間のインターバルはトライトーン(増4度または減5度)になっている。共通の トライトーンによる置き換えであり、またトライトーンのインターバル離れたコードによる置き換えなので、英語では これを ”Tritone Substitution”と呼ぶが、ちっとも文学的でないのでやはり 「裏コード」 と呼ぶことにする。
* 真夏のクリスマス
トライトーンのインターバルはちょうどオクターブの半分になるので、オクターブの中にある12音を、 図1 のように 円周上に等間隔に並べると、トライトーンの関係、つまり 「裏−表」 の関係にある2つの音は、ちょうど中心を はさんで円の反対側に位置することになる。 この関係は、たとえていえば、東京に対して地球の反対側にある ブエノスアイレスのような関係 、つまり 「距離的には一番遠いのだが、性質は似ている」 という関係なのである。 最も遠いところにあるけれども、気候や植生は距離の近いフィリピンなどよりもよっぽど似ているということである。
ただ、似ているといっても北半球にある東京に住んでいる人にとって南半球にあるブエノスアイレスの光景は、 「こっちが 木枯らしの中、肩をすぼめて歩いているというのに、あっちでは真夏の太陽が照りつける中でクリスマスを祝っている」 といった一種意外というか新鮮な感覚がともなう。裏コードのサウンドにもこれに似た微妙なスリル感覚がある。
また、同じ「裏−表」の関係である、写真のポジとネガにもたとえることができるだろう。裏コードのサウンドを 織り込んだ演奏というのは、反転ネガを挿入した映像や写真のコラージュに通ずる効果がある。